いざというときに役立たず 初々しい仕草は、成歩堂の頬を緩ませていた。 目の前の男が何を考えているのか…がわからない程、響也も子供ではないが、昨夜の痴態を思い出されているのかと考えつけば、どうにも恥ずかしい。同意の上での行為だからと言ったって、恥ずかしくない訳がない。それも、充分に乱れさせられ、忘我だった自分と違い、成歩堂はそれを堪能していた側なのだ。 これならキチンと下を履いて出てくれば良かったと思ってもどうにもならず、火照った顔色も自分の自由にはならなかった。 「見るな」とだけきつく言い置いて、響也は水道と成歩堂の腕に集中する。 成歩堂の腕は確かに冷たいだろうけれども、その横にある響也の手も指先がジンジンと痺れるような痛みを感じ初めている。気を抜けば、力まで抜けてしまいそうだ。 ザーザーという水道から勢い良く流れる水音と、それがステンレスの流し台に跳ね返る音だけが響き、成歩堂も特に言葉を発するでもなく大人しくている。 …凄い視線は感じるけど。 人の視線には比較的なれている筈の響也も、この男から送られる舐めるような視線にはどうにも馴れない。 そう響也が思った途端、中耳入り込んできた生温かな感触に身を竦ませた。 「ひゃっ…!?」 思わず離してしまった腕は、響也の脇をするりと抜け逃げていってしまう。 成歩堂の腕からポタポタと雫が床に滴った。残った水滴は、腕を何度か振り飛ばす。そして、水道の蛇口捻り、水を止めた。 「ひ、卑怯だぞ…成歩…。」 「響也くん。」 文句を叫ぼうと口を開いた響也は、宥めるような声に言葉を止めた。 「もういいよ。僕よりも君の方が冷たくなってる。」 そういうと、やけどをしていない手に響也の左手を乗せる。じんわりと感じる温かな感覚に、相当に冷えている事に気が付いた。特に、指輪を填めている部分の体温が金属に奪われてしまっている。 成歩堂は、顔を顰めて響也の指先を握り込んだ。もう片方の手も一緒に、自分が着ていたシャツの裾に巻き込んでぎゅっと包む。 「それに、シャツもずぶ濡れだ。干さないと風邪を引いてしまうよ。」 パーカーを脱いで、半袖のTシャツ一枚になっていた成歩堂はともかく、長い袖を腕まくりをすることなく水に晒している響也のシャツは、水を吸い腕に張りついていた。 「…だいたいアンタのせい、だろ。それに、替えのシャツなんかないよ。」 成歩堂の体温を感じる事が気恥ずかしく、けれどそれがとても心地良くて、響也の言葉遣いはついぶっきらっぽうになってしまう。 「そうだなぁ」 キョロキョロと見回すと、椅子に掛けてあった自分のパーカーを顎で示す。 「あれでも着て入れば良いよ。台所は温かいから、干しておけばそのうち乾く。」 「う、ん」 コクリと頷き、そして止まる。 「どうしたの? 響也くん。」 「何でも、ない…。」 ボツリと呟き、それでも響也は視線を床に向けたまま動かない。見る見るうちに、耳の先が真っ赤になり、成歩堂はクスリと笑った。 「嬉しいなぁ。僕と離れたくないの?」 「煩い…。」 小さな小さな反撃の声が床に落ちる。 こうしていれば、響也の方が長身なのに、肩に埋めてくる頭を撫でていれば、可愛いという感情しか浮かばない事を成歩堂は知っている。 正確言えば、もっと本能に即した反応してしまう。だから、つい余計な行動をしてしまうのだ。 content/ next |